毎年日本へ来るようになったミヒャエルは、日本全国、観光地というところへ連れて行ってもらったり、自分で行ってみたりするようになりました。
もちろん、オルガンメンテナンスもしっかりやりながらですが。
行くところどころ、会う人々に会話をしながら、打ち解けていきました。
そんな中、今の妻に出会いました。
妻、光子は教会でオルガンを弾いていました。バッハの曲をひたすら練習する中、オルガンのことなど色々教えていただきました。そして、オルガンの話だけにとどまらず、人生のこと信仰のこと、深い話になっていったのです。
そして気づいたら、光子は、ドイツに来ていました。
ドイツで結婚して、子ども2人にも恵まれました。
ドイツで5年過ごしました。その間、ミヒャエルはオルガン工房の運営で、ほとんど毎日家にいることなく、妻光子は、子育てしながらドイツ語を覚えて、ピアノを近所の子供たちに教え始めました。
日々の忙しさの中で、疲れ果てていきました。
環境を変えたい、何かを変えたい思いが強く心にのしかかり、ミヒャエルが一言、「日本へいかないか。」と言い出しました。
~つづく~